牛ノ首物語。・3
「トドメキ崎」

  牛ノ首の北隣に「トドメキ崎」という突き出した岬がある。岬といってもせいぜい100mくらい海にせり出した崖っぷちで、野球グランドひとつ位の広さ。いわば牛ノ首のこどもみたいなものである。さて、このトドメキ崎という名前であるが、カタカナ表記で、さも意味ありげである。しかし、由来を知る人は見つからず、情けない話だが、由来不明のまま話を進めなければならない。この場所はサルたちの冬の生活場所として貴重なところになっている。先端部分の崖に張り付き、何日も過ごすことがある。
 2003年の1月28日から31日までのあしかけ4日間、シャチたちの群はこの狭いトドメキ崎で過ごしていた。天候は曇り〜雪の繰り返しで、ときおり陽光が差し込む程度。気温は連日マイナス5度から0度前後。
 トドメキ崎には数えるくらいの落葉広葉樹とわずかな杉林がある。林床にはササ、崖の周辺にはカンスゲがはりついている。サルたちは、まずヤマグワとアオダモの樹皮と冬芽をかじり、落ち葉を掻き分けてドングリを拾う。次にササ、そして松に登って枝先のマツボックリをむしり取り、丹念にむいて種子だけ食べる。合間に急斜面のカンスゲをむしり取って口につめこむ。この流れを、サルたちが場所替えをしながら進行する。僅かな場所に総勢80匹ものサルが入るのである。時々、場所待ちをするサルもいる。そして、吹雪を伴った寒気が下りてくると、食べる手を休め、互いの身を寄せ合って暖をとる。
 サンショウと名前がつけられたメスがいた。昔、牛ノ首の畑地でアカンボウを網に絡まして失った母親である。垂直に近い崖を器用に登ってきた。口をもぐもぐさせているので、登ってくる途中で拾い喰いをしてきたのだろう。切り立った崖の上に座ったサンショウは、目の前に座っていたサルに毛づくろいをねだった。「グル」「ギュル」、低い声。かれらの音声信号は40種類以上あると言われているが、なかでも、何かをねだる声は切ないトーンになる。ねだられたサルは無視するように別の方向を見る。
 サンショウは仕方なく自分の膝頭を毛づくろいした。その場の取り繕い的な動作で、転位行動でもあろう。我々も似たような経験を持っているだけに、切ない気分になる。気持ちを必要以上にサルに転嫁させないように心がけているが、こんな場面では難しい。12年前、アカンボウを失った直後のサンショウがこどもを呼ぶ声がよみがえった。あの時のサンショウの険しい顔つきも思い出された。
 翌日、久しぶりの太陽が顔を出し、サルたちはいそいそと牛ノ首方向に移動をはじめた。先頭がシャチ、つづいて新顔のハモ、体格のいい若いオスだ。そのあとにモミジとそのこどもたち。ちょっと間があってカワハギ・・。群れは一度動きはじめると、雪崩のように大きく広がる。サルたちの姿が視界からどんどんなくなってゆく。
 サンショウの姿があった。みんなは移動して行くのに悠々と毛づくろいをして貰っている。でも、少々の遅れは問題ない。行く先は牛ノ首だとみんな分かり切っている。昨日の分までして貰えばいいと思った。

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