牛ノ首物語。・1
「牛ノ首農村公園」

 脇野沢村の南西端にある牛ノ首と呼ばれる地域がある。地図には牛ノ首岬と記されているが、このあたりではもっぱら牛ノ首。標高80m、面積25ィほどの丘陵地で、海から見た格好が「牛の首」に似ているところからこの名がついている。沖合には鯛の形をした「鯛島」が浮かび、脇野沢村の象徴独的な風景をつくりだしている。
 牛ノ首は野生動物たちにとっては重要な生活場所に。丘陵部分のほとんどを雑木林が占め、草食動物にとって食料である下草などの餌が得られる。南側の急峻な斜面は北風を避けるのに絶好な地形をなし、北国にすむ動物たちにとってかけがえのない生活場所になっている。1995年、牛ノ首に歩道と駐車場が整備され、手軽に自然散策が楽しめる場所になり、新しく牛ノ首農村公園として生まれ変わった。
 急な斜面には階段、緩やかな場所の歩道には丸木が並べられ、ヒバのチップが敷かれている。また、脇野沢に生育している樹木も新たに植えられ、「ミニ脇野沢」の風情も感じられる。小一時間もあればひとまわり出来るので、気軽に自然散策には絶好の場所である。さらに運がいいと、特別天然記念物の二ホンカモシカや天然記念物のニホンザル、いわゆる「北限のサル」との出会いもあり、自然や野生動物と同じ時間を過ごすことが出来る。春は、フキノトウにはじまり、フクジュソウ、カタクリ、キクザキイチゲ、ニリンソウ、そしてコブシの花が咲き、植物カレンダーを楽しむことができる。

 1987年にこの村に引っ越して以来、牛ノ首にナワバリを構える二ホンカモシカ、そして時々やってくる北限のサルたちと付きあってきた。観察したカモシカは16年間で延べ11頭にもおよんだ。とりわけ、はじめに出会った「ムラサキ」の思い出は数多く、カモシカの生活誌を教えてくれたといっても過言ではない。94年のこども「ウスムラサキ」からは親子の関係を学び、成長の過程も3年間観察できた。95年のこどもは名前をつける前に死亡したが、97年の「マナブ」君はエピソードも豊富だ。98年のこどもは「アカ」、小学生の観察会では仲むつまじい親子カモシカの姿を見せてくれ、記念して名前を小学生たちから募集。そしてムラサキの最後のこども「ミドリ」は、母親と早くに死別したにもかかわらず、逞しく育った。94年から新たに牛ノ首に生活圏を持った「クロ」は、一時、ムラサキとメス同士の熾烈なナワバリ争いを演じた。
 オスのカモシカは「ゲンジ」。名の由来は紫式部と光源氏。しかし98年から「色の統一」に変更。01年に登場したオスの「チャコール」はモダンな名前になった。その後、クロの01年のメスのこどもに「グレー」、02年のオスに「ホワイト」と、オスメスに関係ない名前が続いている。
 サルたちの歴史も長い。01年に死亡した長老メスの「ツツジ」は87年からの付き合いで、牛ノ首にまつわる話題は枚挙にいとまがない。長年コンビを組んでいたオスザルの「シャチ」、サンショウのこどもコツブの死亡、柿を食べなかった若オスのトンガリ、スズナのプール遊び・・・。すべて昨日のようによみがえる。牛ノ首と私のつきあいも17年になる。
 過去、「牛ノ首物語」「牛ノ首物語」としてトピックスに掲載させていただいたが、かれらの様子をもう少し紹介してみたいと思います。

いそやま・たかゆき

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