二ホンカモシカ〜新・ハチノジ物語〜・4
「若いジュウゾウ」

 「ジュウゾウ」は若い。「ジュウイチ」が死亡する少し前から我が家の周辺で活発な動きを見せていた。のんびりした今までのカモシカとは様子が違う。見つけてからカメラを持ち出し、後を追跡し、ようやく距離をつめて撮影出来る段までこぎつけて、あっという間に走って逃げられる。まさに「カモシカのように」である。何度もその繰り返しだった。
 03年1月3日、はじめて撮影する事が出来た。我が家の玄関を横切ったので隣の民家に先回りした。ようやく正面からじっくり顔を見ることができた。両方の角が鋭利に伸び、若々しく、カモシカらしいりりしい顔つきをしている。
 撮影が出来た「03」年から「十三」、津軽地方だと「トサ」と読まれそうだが、あえてジュウゾウ。いままでの歴代カモシカに比べると異彩を放つ若さだ。年齢は角輪の様子からみて5、6歳だろう。カモシカは成長の様子が角に表れる。角の根本に角輪と呼ばれる輪が幾重にも見えるが、成長の悪い時期である冬の回数が読みとれる。若い頃は成長が著しいので年間に3、4本できる。おとな年齢の2才になると冬の度に深い溝が刻まれ、それらをうまく数えると年齢が推定できる。しかし、正面から見ると、角とぎをするために平らになっているので後ろから確認しなければならず、結局、死亡でもして身近で見ないと精度の高い判定は難しい。

 ジュウゾウは神出鬼没。逃げ足が速いということもあるが、一カ所に長く留まっていない。カモシカは食べた物を戻して食べ直しをする反すう動物で、これをはじめると2時間も座り込むことがあるが、ジュウゾウは落ち着かない。しかし、よく考えて見ると愛宕山公園の周りには民家が建ち並び、自動車も行き来する。朝夕は中学生も通学し、犬を連れて散歩する村人も多い。いくら村人が追わないからといって、そんな所にのんびりと座り込める場所がある方がおかしいのである。
 ジュウゾウは、軒下を歩くときは早足、道路は僅かな左右確認だけで駆け足横断。車が停車することはない。我が家の庭先も通過するが、チラッと一瞥するだけ。愛宕山公園では、すぐに海岸側の斜面に駆け下りて藪の中に姿を消す。ピンポイント的な観察しか出来ない。のんびりしていた今までの歴代カモシカをアナログのレコードに例えると、ジュウゾウはさしずめ歯切れのいいディジタルサウンドといったところ。
 これまでの愛宕山公園のカモシカたちは老齢になってナワバリを保持する力が落ち、競合する相手のいない人里に楽な生活場所を持つのでは、と考えてきた。ところが若いジュウゾウの登場は16年間の記録を白紙にしてしまい、別の尺度も持って観察しないといけないだろう。
 一つ気にかかることがある。95年にハチノジがメスとつがい関係を持って、翌の春にこどもが誕生した。その母子は半年後に姿を消したが、その時のこどもが順調に成長していれば7才になり、ジュウゾウと同じくらいの年齢になる。
 そんな確率はかなり低いのだが、もし、ジュウゾウと一度だけ会話が出来るのなら、生まれた場所を尋ねてみたいと思っている。

続く

もどる