二ホンカモシカ〜新・ハチノジ物語〜・3
「ジュウイチの花見」
 00年の10月に「クノジ」が死亡した後、旅人の愛宕山の早朝散歩による「カモシカが居ました!」という報告も聞かれなくなった。しばらく愛宕山のカモシカの事を忘れかけていた。
 ところが、2001年12月、ひとりの旅人が朝食時に、「愛宕山公園でカモシカに会いました!」と興奮した面もちで報告してきた。すぐ確かめに行ったが、姿はないもものの、新雪に真新しいカモシカの足跡が残っていた。
 ようやく新しいカモシカと出会えたのは、年が明けた2月。畑の電気柵は収穫を終える秋にはネットを巻き上げるのだが、取り残しの作物が雪の下になったまま。我が家の横の畑で、1頭のカモシカが、雪の下から残ったダイコンの葉を引っ張り出していた。近づくと、カモシカはゆっくり歩きはじめ、民家の間を抜け、慎重に左右を確かめて道路を横断して愛宕山公園に入っていった。やはり両方の角が折れた老齢のオス。
 01年の旅人の発見から「ジュウイチ」と名づけた。ここまで数字の読み替えが続くと、ちょっとこじつけが目立つが、観察年度を忘れず、我ながらいいアイデアだと自信を持った。
 02年の桜の開花時期は早かった。職員が提灯をぶら下げて「桜祭り」の準備中、ジュウイチが公園を悠々と歩いている姿は忘れられない。「ハチノジ」の時代から「満開の桜とカモシカ」を狙ってきた。満開の時期は村人が訪れるためにカモシカの出番はさすがにない。宴の人々の姿が消えてようやく姿を見せる。大袈裟かも知れないが16年間の悲願だった。しかし皮肉なことに、ジュウイチはその頃を機に愛宕山を離れ始めた。
 姿を見なくなって半年後、ニホンザルを観察していたある秋の日、大型電気柵の内側に一頭のカモシカを見つけた。ジュウイチだった。かなり年老いて見えた。どこから入ったのか分からないが、扉を開放して後ろから追い上げて外に出した。さすがのジュウイチもパニックになったのか、小走りで飛び出していった。愛宕山公園から500m離れた場所だった。
 03年3月24日の早朝、カモシカが玄関先に座り込んでいるとの通報が入った。場所は近くの民家。「ひょっとして?」と思いながら駆けつけると予想は当たった。ジュウイチが座り込んでいた。愛宕山公園から300m、我が家から200mの距離。近づいても動きは緩慢。目の動きも鈍く、座るというより立ち上がれない状態。老いによる衰弱は明らかで、呼吸も不規則。教育委員会の職員と協力してトラックの荷台に乗せて山に搬送した。ジュウイチはその日のうちに息を引き取った。角輪からの推定年齢は20年を超えていた。
 実はジュウイチが死亡する2ヶ月前、我が家の庭先を新しいカモシカが歩いた。今までと違って若く、動きが俊敏なカモシカだった。ひょっとしてこの頃からジュウイチは追われていたのかも知れないが、真相は分からない。ジュウイチは貴重な花見の写真を残して、長い寿命を終えた。
続く
もどる