〜新・ハチノジ物語〜・2
愛宕山公園前の道路を横断するクノジ。撮影:1999年12月12日
「クノジ登場」
 「ハチノジ」が死亡した3日後の99年8月4日、我が家に宿泊した旅人から「朝、愛宕山公園を散歩していたら、カモシカに出会いました!」と聞いた。一瞬、「そんなはずはない」とつぶやいたのは正直なところ。二ホンカモシカは縄張り性が強く、空き場所が出来れば新しいカモシカが入り込んでくるが、それにしても早すぎると疑った。
 私が新しいカモシカを観察出来たのは1週間後。愛宕山公園を歩いていた。一瞬「ハチノジを見た」と思った。あわてて双眼鏡を片手に観察に出向いた。「愛宕山のカモシカ=ハチノジ」という図式が出来上がっていて、あえて双眼鏡を持つ機会もなかった。
 両方の角が折れている。鼻筋の文様も似ている。だが、ハチノジとは違う。角の折れ方にわずかな違いがある。遠目では見極めがつかない。前から姿を現していたのだろう。ハチノジと交錯しながら居た可能性があるが、期間は分からない。新旧2頭のカモシカを「ハチノジだ」と決めつけていたのだ。野生動物の観察に先入観が禁物なのは分かっていたはずだが、人里ということもあって気が抜けていたのだろう。まして、12年間つきあったハチノジだ。
 99年の観察なので名前は「クノジ」。ハチノジ同様、両方の角が折れた老齢オスである。カモシカは縄張り争いで時として激しい追いかけを演じる。彼らは鳴き声を持たないが、威嚇する時に「フシュッ!」「プシュッ!」というような声を発する。鼻から一息に空気を抜くような「音」で、ちょっと鳴き声とは表現しかねる。それ以外に「ボェ」「ベェロ」と腹の底から沸き上がるような音声を出す時がある。恐怖が極まった声で、追っかけている方が「フシュッ」、逃げる側が「ボェ」。そして、追いつめられた時に「角」をぶつけ合う武力闘争に発展することがある。その際に角が折れる場合がある。
 カモシカは樹木に角を擦りつけて「角研ぎ」をする。正確な意味は不明だが、その最中に折れてしまう事がある。いわゆる自損だが、生え替わらない角は加齢にしたがって弱くなる。角折れは老齢の証拠にもなる。
道路で村人と対面するクノジ、右側は電気柵のネット。撮影:1999年9月26日
 クノジはハチノジのナワバリを塗り替えるように歩いた。我が家の庭にあるアジサイににおいつけをし、冬、玄関先のイチイの枝を「剪定」。道路を渡る際には左右をしっかり確かめて慎重に渡る。しかし、意を決してから行動に移すまで時間がかかるのがカモシカ。渡る頃には車が通りかかる。村人も心得たもので、徐行したり、時には停車して待ってくれる。クノジは、ハチノジがつくりあげたルールをちゃんと引き継いでいた。
 こんなことがあった。真っ昼間にクノジが悠々と道路を歩いていた。反対側から村人が歩いてきたのでクノジはその場に立ち止まった。村人も気づき、道路の端に移った。森の中ならこのままやり過ごせるだろうが、場所は道路。さすがにすれ違う事は出来ないだろうと思ったが、すれ違った。クノジは譲ってもらったのだ。ハチノジの風景はクノジの風景になっていた。
 観察を始めて1年が経過した00年10月19日、近くの畑でカモシカが死亡しているとの通報が入った。教育委員会の担当職員と駆けつけると、クノジが横たわっていた。状況から老衰と記録したが、クノジもハチノジ同様、最後まで人里に身をおいて終焉を迎えた。
 ハチノジ、クノジと身近な風景の中に存在感があったカモシカが消えることは、心にぽっかり穴があいた気分でもあった。しかし、それも長く続かず、また、新しいカモシカに出会うことになった。ジュウイチである。

続く
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