サルの目カモシカの目:牛ノ首物語・10
「鯛島」
 牛ノ首岬の沖合に「鯛島」と呼ばれている無人島がある。港の近くにある愛宕山公園から見ると、鯛の形そっくりに見えるところからこの名がついている。背にあたる部分に灯台と弁財天を祭った神社が建てられ、海の安全と豊漁が祈願され、鯛島は脇野沢村の象徴だけでなく漁村として大切な場所になっている。
 23年前、大事件が起きた。昭和54年10月8日の夜中、鯛の尾に当たる部分の岩が崩落したのだ。それまで、尾の真ん中に空洞があって、なかなか体裁のいい形をしていた。それが一夜のうちに上の部分が落下して天まで突き抜けた。鯛と弁財天、さらに坂上田村麻呂の悲恋伝説まで残る島である。村は一時大騒ぎ。「縁起が悪い」「不吉だ」「何か悪いことが起きるのでは…」、さまざまな噂が囁かれた。そして一番の心配は、「尾が全部崩れてしまうのでは?」。しかし、幸いにして不幸な事は起きず、尾は予算をかけてコンクリートで補強され、いまもなお鯛島は健在である。
 私と牛ノ首とのつき合いは15年になる。四季を通して北限のサルや二ホンカモシカたちを観察している。写真を撮影し終わってふっと顔を上げると、いつもそこには鯛島があった。浮かんでいたと表現してもいいかも知れない。鉛色の雲に覆われ、水面に光りが反射して水平線が分からないので空中にぽっかり鯛島が浮遊しているようにも見えた。その風景は不思議な光景で、脳裏にではなく心の奥底に焼きついている。
 厳冬期、牛ノ首の南に面した海岸は、冷たい北風を避ける絶好の場所になる。僅かな日だまりの中で一心に毛づくろいするサルたちの姿を見ると、「冬の一服」という言葉が連想される。また、岩伝いに海草や貝を探して歩く姿は、冬の風物詩でもあるが、ある意味で、真の北限のサルの姿ではないかと思う。森の中で冬芽と樹皮をかじり続ける姿とはまた違った厳しさを感じさせる。
 今は亡きカモシカのムラサキとゲンジ、そして森に還った北限の老猿ツツジ。牛ノ首の懐にも抱かれ続けてきたかれらを、伝説の残る鯛島は幾年も見続けてきた。そして21世紀になったこの先も、かれらの仲間たちを、そしてまたこどもたちを見守り続けてゆくことだろう。

終わり
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