サルの目カモシカの目:牛ノ首物語・8

「早春の訪問者」
 2002年の春の到来は早かった。フクジュソウ、フキノトウ、カタクリといった春カレンダー
の順番が乱れ、まとめて開花してしまった。しかし、新緑の旬が5月のゴールデンウィークとぴっ
たり重なり、牛ノ首の駐車場に首都圏ナンバーの車が止まっている事も多かった。
 5月4日、牛ノ首でニホンカモシカの観察をしていた。クロとグレー親子が並んで採食、少し離
れたところにミドリがいた。いつもの風景で和やかムード。突然、何の前ぶれもなくカモシカたち
が走った。しばらくすると、草むらから1頭のサルがひょっこり顔を出した。そして、数分のうち
に20頭程のサルが現れた。さきほどまでカモシカたちが和んでいた場所はいつの間にかサルのい
る風景に変わった。
 集団の中ほどに「シャチ」というリーダー格のオスが座っていた。かれらは月に2回くらいの割
で牛ノ首を訪れ、1日か2日滞在してまた移動してゆく。当然、ここのカモシカたちとも顔を会わ
せることになるが、かれらはいち早く接近を察知して、さっさとサルたちがやってこない海岸側の
急斜面に逃げ去ってしまう。孤独を好む静かなカモシカ、大勢の仲間と群れる賑やかなサル。両者
の生活リズムはまったく違う。しかし生活場所は共通なので、さしずめ、牛ノ首はかれらの交差点
といったところ。
 ところが、今度はサルたちに緊張が走った。シャチが凄い形相で林の中に飛び込んでいった。こ
どもを抱えたメス達は不安げ。私にも理由が分からない。「クヮンッ」、奥から甲高い声が聞こえ
た。サルの最高レベルの警戒音。シャチが走り出てきたが、脇目をふらず私の脇を駆け抜けていっ
た。それを見たサルたちはパニック。我先に逃げまどい、アッという間に視界からサルたちが消え
た。しばらくすると1匹の犬が走り出てきた。尻尾を振りながらあちこちの匂いを嗅いでいる。そ
してうしろから二人の中年女性が現れた。ひとりの手には解き放たれた犬の首ヒモがぶら下がって
いる。二人は談笑しながら、サルたちが逃げまどった時の様子を楽しんでいた。
 私は声をかけた。牛ノ首公園は、歩道が整備されているのの、北限のサルやカモシカの生活の場
であることを教え、ルールの勘違いをたしなめた。二人はびっくりした表情で、旅の途中であるこ
と…、少しぐらい…、といった内容の弁解をした。
 生活環境の違いをそのまま自然観に転嫁して物事を判断したのだろう。早い春の訪れは、牛ノ首
の住人にとって迷惑きわまりない訪問者をもたらした。

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