サルの目カモシカの目:牛ノ首物語・4

「ナズナのプール」

 8年前、牛ノ首に遊歩道が整備された時、沢の上流にため池がつくられた。それまでは畑地で雨が降ると
沢水が溜まる場所だった。それらの排水を考えたものでもあろう。縁は石を配置して自然にマッチしたつくり
だが、底もセメントで固めてあるのでちょっとしたプールのようにも見える。
 7月のある日、サルの群れがやってきた。セミの大合唱が暑さに追い打ちをかける夏の日。ほとんどの
サルたちは木陰の涼しい場所に陣取って昼寝を開始。涼しげなプールに見向きもしない。そのうち、昼寝に
飽きた小さなこざるたちが集まってきた。はじめは縁に座り込んで水面を覗き込んでいた。興味と怖さが半々
といったところ。やがて1匹のサルが指先を水に浸けた。次に手を差し入れた。そしてとうとう脚を突っ込んだ。

最後には全員が水の中に入ってジャブジャブと景気のいい水音。まるで人間の子供達のプール遊び。しかし
すぐ飽きて、さっさと水から上がって森の中に駆け込んでいった。
ところがその後、「ナズナ」と名前をつけている若い母ザルがアカンボウを従えてやってきた。そして、
親子が縁に並んで座って水面を眺めはじめた。ここまでの様子はこざると同じだが、目つきが違う。素早く
目線を移動させる。ナズナは、こざるたちの様子を観察していて、水の中に食べ物を見つけたと思ったのだ。
確信に満ちた目だった。

しばらくしてナズナは意を決したように足を入れ始めた。ところが手違いが起きた。水の中に立ったと
同時に、アカンボウが母親の背中に飛び乗ったのである。ナズナはバランスを失った。「あっ、転ぶ」。
しかし、母親は持ちこたえた。しっかり踏ん張ってナズナは水の中を歩きはじめた。目は水中に釘付け。
しかし悪いことは重なるもの。バランスが崩れたままアカンボウが掴まっているので、ナズナが歩くたびに
アカンボウがずり落ちる。ナズナも歩きづらそうだが、ひたすら水中探査。とうとうアカンボウはナズナの
お尻まで落ちた。そして、「キッ、キッ」と鳴いた。ようやく母親は諦めた。不自由な足を引きずりながら
戻った。アカンボウは降ろされるやいなや森の中に飛び込んだ。ナズナはアカンボウを見送った後、何度も
水面を振り返ったが、あきらめたようにとぼとぼと森の中に姿を消した。
私は水の中を探ってみたが食べ物らしいものは何ひとつ見あたらなかった。私たちにとっての新しい風景は、
サルたちにとっては新しい餌場という事になるのかも知れない。しかしそれにしても、ナズナは水の中に何
を見ていたのだろう。妙に心に残っている。

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