サルの目カモシカの目:牛ノ首物語_・3
「クロ」
 


サルの目カモシカの目:牛ノ首物語_・3

「クロ」
 1994年、牛ノ首に新しいニホンカモシカが現れた。とにかく体色が黒い。このあたりのカモシカは
白っぽくて鼻筋が通ったきれいな個体が多い。冬毛はサンタクロースのようなあごひげを持ち、写真をと
る場合、どんなクローズアップにも耐えてくれる。いわゆる「絵になる」のである。
 新入りはとても気が強かった。ナワバリを構えている先住者のムラサキに対して強気。ムラサキの威嚇
体制にもまったくひるまず、接近する。オスのゲンジに対しても同様、「フシュッ、フシュッ」と威嚇し
ながら追いかけ回す。おまけに私にまで矛先を向けて、本気で突っ込んでくるような行動さえ見せた。今
まで何頭ものカモシカを観察してきたが、気性の荒さはナンバーワンであった。そして、一連の行動を何
度か観察するうちオスの印象が出来上がり、性別を確認しないまま「クロ」と名前をつけていた。がある
日、腰を落として放尿する姿を間近に見て、メスだと判明した。つまりクロは、ゲンジとナワバリを争う
間ではなく、メスのムラサキとの競合相手になる。
 1年程激しい接触行動があった。しかし、老齢と若手という事もあってかムラサキがだんだん西側に引
き下がり、最後には牛ノ首を2分するかたちで互いの生活がはじまった。オスはゲンジが1頭だけなので
いわゆる三角関係になったが、カモシカの世界ではよくある話。かくして牛ノ首は1頭のオス、2頭のメ
スという構図が出来上がった。
 カモシカは春にこどもを出産する。ムラサキはその後の6年間で4頭のこどもを出産した。カモシカと
しては平均的だが、反してクロはまったく出産がなく、理由が分からなかった。ゲンジはムラサキとクロ
と同時につがいの関係を持っていたので、クロ自身に問題があるのだろうと結論していた。ところが、
2000年に新しいオスが登場したら、なんとクロは、翌年から2年続けて出産した。人間の世界には相
性や選択というものがあるが、それ以外に考えられない現実をみせつけられた。私はそれまで、カモシカ
の世界を自分なりに知っているつもりだったが、あらためて浅学を思い知らされた。
 牛ノ首のカモシカには色で統一した名前をつけている。ムラサキの最後のこどもはミドリ。そこで、21
世紀のクロのこどもたちには「グレー」、「ホワイト」と無彩色の統一で名付けた。が、もし来年産んだ
ら、もう次の色がない事に気がついた。早とちりは、くれぐれもカモシカ観察には禁物である。

もどる