サルの目カモシカの目:牛ノ首物語・2
 
 
「ツツジの死亡」
 2001年3月、老齢のメスザル「ツツジ」が死亡した。冬がくる度に「今年の冬は越せるかな?」
と思い始めて3年目、30年の長い生涯を閉じた。
 2月、気温の低い日が続いた。近年は暖冬と言われるが、さすがに厳冬期は冷える。東京の友人達が
やってきたので一緒に山に通った。2日前、牛ノ首で過ごしていたツツジたちの群れは、少し離れた海
岸側の集落近くの沢まで移動していた。小雪とはいえ、カンジキなしでは斜面を登るのは容易でない。
ルートを間違うとすぐに膝まで潜って身動きが取れなくなる。汗をかくと体が冷えて撮影どころではな
い。慎重に時間をかける牛歩戦術ですすんだ。
 群れは沢の上流部にいた。北風が入り込まない絶好の冬の生活場所だ。枝の上に座り込んだサルたち
は、雪をかぶってすっかり雪ダルマ。群れの中ほどにツツジがいた。両手を抱え込み、口先だけを使っ
て冬芽をかじっていた。前歯が何本か抜け落ち、見るからに不自由そう。寄る年波には勝てない。この
冬一番の寒気団はまったく動かず、3日間、群れは沢から移動しなかった。
 気温が緩んだ日の夕方、ツツジは民家の小屋の中で発見された。あたりには群れのサルの姿がない。
移動について行けず、置いてきぼりをくったのだ。曲がった背はますます丸くなり、指先には氷が付着
している。ツツジはうずくまったまま震えていた。教育委員会と相談した結果、一時保護することにな
った。4日後、元気を取り戻したので群れに返した。ツツジはゆっくり木に登り、不自由な歯を使って
冬芽をかじりはじめた。群れのサルたちは何事もなかったようにツツジを受け入れた。
しかし2日後、ツツジは牛ノ首の下にある集落に現れた。駆けつけた時、ツツジは民家の前で気持ちよ
さそうに座り込んでいた。あたりには群れのサルたちの足跡が点在し、牛ノ首の山頂に向かっていた。
やむなくツツジを再保護し、2週間後にもう一度群れに戻したが、その3日後に山で死亡した。
 ツツジは生まれてから12才まで餌付けの時代を経験している。衰弱して群れから離脱した彼女が人
間の世界に保護を求めたことは筆舌に尽くせないが、生きるための最後の手段だったのだろう。それに
しても、私がはじめてツツジ出会った牛ノ首が、ツツジが最後に群れと別れた場所になったのは不思議
な縁。彼女が30年の生涯のうち、どれくらいの期間を牛ノ首で過ごしたのか推測の域を出ないが、
500日以上という日数にはなるだろう。ツツジの歴史は牛ノ首の歴史でもあるのかも知れない。

もどる