サルの目カモシカの目:牛ノ首物語・2
 
 「ムラサキとゲンジ」

昨年の夏前に最後の「ムラサキ」を観察してから1年が経過した。以来、彼女は私の目の前から姿を消した。
また同じ頃、長い間つがい関係を持っていた「ゲンジ」を見かけなくなったのも不思議な話し。長年の記録から
両者とも死亡したと考えられる。
 ムラサキはメスのニホンカモシカ。彼女が生活していた牛ノ首と呼ばれる地域は、脇野沢村の西南端に位置し、
標高約80m、面積約25ヘクタールの山というより小高い丘といった場所である。眼下に陸奥湾を望み、沖合
に村の象徴でもある鯛島を見下ろす、まことに風光明媚なところ。ミズナラやイタヤカエデなどの雑木林が広
がり、下草が程良く生育し、草食動物が生活するには絶好の場所である。また、ときおり北限のサルたちもや
ってきて、さまざまな自然が楽しめる所である。観察をはじめた当時は、ふもとから山頂にかけて小さな畑が
点在し、ジャガイモ、豆類といった自家用の作付けが行われていたが、8年前に自然散策路と駐車場が整備さ
れ、牛ノ首農村公園として新しく生まれ変わっている。
 彼女とはじめて出会ったのは、私がこの村に移住した1987年の秋。その後、ゲンジをはじめ、こどもた
ちの「ウスムラサキ」「マナブ」「アカ」「ミドリ」や名前をつけないうちに死亡したアカンボウたち、そし
てまた、94年に入り込んだメスの「クロ」、01年に登場したオスの「チャコール」など、延べ10頭をこ
えるカモシカを個体識別し、観察した。カモシカのナワバリ性、家族や血縁、また隣同士の関係などかれらの
習性は、私はムラサキから学んだ。
 「どうしたら顔がわかるのですか?」と、よく質問される。カモシカの場合、まずは角の生え具合。長さや
角度、折れる場合もある。角は生え替わらずそのまま。それから、鼻筋の文様、耳の形、額の毛の色などそれ
ぞれ特徴を持っている。オスかメスかは基本中の基本。最後に生活場所であるナワバリを把握すれば恒久的な
つき合いは可能。しかし相手は野生動物。なかなか接近できない。懸命に双眼鏡を覗いてもなかなか特徴が見
極められない。ムラサキの顔を覚え込むに、当時は大変苦労した。さまざまな角度から顔写真を撮影し、天気
や季節が変わる度に体色の印象の違いを頭にたたき込んだ。夏毛と冬毛にもずいぶん翻弄された。
 ムラサキとの思い出は尽きないが、ゲンジとともにピリオドを打った今は、新しい歴史のはじまりにもなっ
ている。21世紀の牛ノ首はまだスタートしたばかりだ。


文責、いそやまたかゆき

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