サルの目カモシカの目
牛ノ首物語・10
 
■「カモシカ探検隊」

2001年3月、東京の某テレビ局から問い合わせがあった。タレントと小学生が山歩きを
してカモシカを発見する番組を企画しているとのこと。
 当日、有名タレント2名と小学生3名、スタッフ10名の団体が到着。脇野沢漁港でさっそく
「探検隊」の結団式を撮影、残雪の山に向かった。我が家のカンジキをゴム長靴につけ、分厚い
手袋、頭に赤いヘルメットと物々しい出で立ち。滑りやすい濡れ雪に不慣れな足下、1メートル
登って2メートル滑り落ちる悪戦苦闘。50mの坂道に1時間もかかった。こどもたちは靴の中
に雪が入り込んで泣きっ面。探検隊長を努める有名タレントも疲労こんぱい。「本当にカモシカ
に会えるの?」と疑惑の目。初日は手荒い?歓迎だけで終了。夜、我が家で作戦会議。カモシカ
の生態をレクチャー、牛ノ首のカモシカを夢見て早々に消灯。
 翌日、おにぎりを持った子供たちは遠足気分。「カモシカさ〜ん、出ておいで」、鼻歌まじり
に元気よく登りはじめたが、すぐ息が切れて大休憩。子供たちはお菓子をぱくつき、もうカモシ
カなんてどうでもいいような気分。全員満面の笑みだったが、「何時間でも歩く!、見つかるま
で東京に帰らない!」とディレクターから地獄の宣告。しょぼんとなった。2時間後、疲労も極
限に達し、あきらめかけたその時、足下で音がした。のそっと「ゲンジ」が現れた。「ムラサキ」
のつがいの相手、「アカ」と「ミドリ」の父親でもある。10mの至近距離。今までの苦労がうそ
のような出会い。隊員たちは喜びより放心状態。「ウソみたい、信じられない」、ひとりのこども
が呟いた。
 ふと、思った。かれらは数時間後には1分、1秒に追われる日常に呑み込まれる。時間の隙間
がない生活が待っている。2日間、何時間もかけてようやくカモシカ一頭。時間が止まっている
ように思える目の前の風景が、現実に思えないのは当然かも知れない。まさにバーチャルの世界。
しかし、一歩踏み出せば、ゲンジは反応して逃げ出す生きているカモシカなのだ。威嚇してくる
かも知れない。同じ場所で、同じ空気を吸って、同じ時間を共有している、私たちと同じ生き物
なのだ…。さまざまな言葉が頭の中を駆けめぐり、隣にいるこどもたちを遠くに感じた。
 気がつくと、探検隊員たちに笑顔が戻り、元気な声も出ていた。仕事が無事に終了した安堵だ
けではなく、久しぶりに“生き物として我に返った”のでは、そんな満足感にも私は思えた。
 いつでも帰っておいで、そっとエールを送った。

 2001年の6月、牛ノ首で新しいカモシカに出会った。青い海を見下ろし、鮮やかな緑を
背景にして彼女は立っていた。自然に名前が浮かんだ。「ブルーグリーン」。ニホンカモシカ
には少々不釣り合いだが、21世紀を迎えた今年、案外相応しいのかも、と考えている。
 牛ノ首にも新しい時代がやってきたのかも知れない。

第一部終わり
次回から第二部として「牛の首物語・」を連載します。

写真キャプション
 新しく登場したメスカモシカの「ブルーグリーン」。
        撮影日時:2001年6月3日

 

文責、いそやまたかゆき

もどる