サルの目カモシカの目

牛ノ首物語・5

■「サンショウとコツブ」

 1992年の干支は申。某テレビ局から「北限のサル」を1年間取材して正月に放送したいという話が持ち込まれた。
企画はひとつの群れだけ追って、四季を通したサルたちの生活を撮影したいというもの。91年の冬からスタート、
取材日数は100日、私の個人調査も年間135日に及んだ。

 6月の暑い日、「パンッ、パンッ」と鋭い花火の音が聞こえた。方向は牛ノ首。かけつけると、打ち終わった花火を
片手にひとりの婦人が立っていた。農作物被害を防止する為、教育委員会では巡視員を配置してサルたちを畑から追い
上げしているが、夏のサルたちは動きが速く、巡視員が翻弄されることがしばしばある。そこで、耕作している人々にも
花火を配布して自衛策もお願いしているわけである。

 話を聞くと、お昼の準備をしていたらサルの情報が入り、あわてて駆けつけて花火を打って追い払ったという。畑には
古い漁網を張り巡らしてサルが侵入しないように工夫してある。が、サルの中には強引に侵入する強者もいて、なかなか
完璧な防護柵はつくれない。

 被害がないか調べているうち、網に黒い固まりが絡まっているのに気がついた。サルのアカンボウである。首の回りに
網が巻き付いている。動かない。婦人はびっくりして悲鳴をあげた。体を触るとまだ暖かく、急いで人工呼吸をしたが
息を吹き返すことはなかった。状況を推測してみた。畑の周辺にやってきて母親が単独行動を取っているあいだ、アカ
ンボウが網の周りで遊んでいるうちに網の目に首が入り込んでしまったのだろう。花火が打たれ、母親がアカンボウを
掴んで逃げようとした。ところが、運悪く、首に網が絡ままっていた。親は引っ張るしか能がなく、結果的に首を絞める
ことになってしまったのだろう。母親は、仕方なくアカンボウを置き去りにして山に逃げたのだろう。本当に悲惨な事故である。

 私は、群れを追った。隣の集落の背後の山林で追いついて、母ザルの点呼をした。「サンショウ」のアカンボウ
「コツブ」がいない。サンショウが何度も「グゥエー、クゥオー」と叫んであたりを見回している。目つきが鋭く、
こんなサンショウははじめてだ。しかしコツブは駆け寄ってこなかった。ノートに記録し、日没前に山を下ったが、
足取りはこの上なく重かった

 畑がなくなった牛ノ首を歩くたび、婦人の顔と横たわったコツブの姿が、今でも脳裏に浮かんでくる。

 

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いそやまたかゆき

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