サルの目カモシカの目

牛ノ首物語・4

■「昼寝のカモシカ」■

 残暑がおさまりはじめた96年9月、一人旅の女性がやってきた。長い髪をなびかせ、スリムのジーンにピンク

の綿シャツが似合う。彼女は、「のんびり歩ける所はないですか?」と受付をしながら聞いてきた。しかし、靴は

パンプス、軽装もいいところで自然観察という様子ではない。

 シーズンオフの旅人にはとくにさまざまな目的があり、興味本位で詮索できるものではないが、身近な山とは

いえ、単純なレクチャーは出来ない。牛ノ首に自然歩道が整備されたばかりであり、さっそく、安全性を重視した

「のんびりコース」の案内をした。

 パンプスを、我が家の貸し出しようの防雪ゴム長靴に履き換えさせ、「都会」の彼女は、首から双眼鏡、頭には

これも我が家の麦ワラ帽子、立派な野良作業スタイルに変身。彼女を見送りながら、ちょっと後ろめたい気持ちになった。

 3時間もたった頃、ニコニコ顔で戻ってきた。妙に笑顔が麦ワラ帽子とマッチしている。「どうだった?」と

聞くと、女性は待ってたとばかりに、「教えられた場所で1頭のカモシカに会えました」と即答。様子があまり

にも嬉しそうだったので、「どんなカモシカだった?」とつっこんだ。すると、「本当にゆっくり見ることがで

きました。昼寝をしていましたので近づくことも出来、写真まで撮っちゃいました」とあっさり。彼女のカメラ

は望遠のついていない使い切りタイプ。ちょっと不安になり、恐る恐る「どれくらいの距離?」。「1メートル

まで近づいたけれど、起きませんでした。カモシカってよく寝るんですね」とあっさり。

 もちろん、そのあとは彼女とともに死体の確認。カモシカは歩道の真ん中にうずくまるように横たわり、確か

に、静かに寝ていました。顔に見覚えのない7〜8歳のメス。死亡した直後らしくまだ体が柔らかく、外傷はな

く自然死。彼女の手を借りて、死体をササ藪の中に移動させました。

 2週間後、カモシカはほとんど骨だけになっていました。死に絶えた者は他の動物の餌になる。まさに自然の

原則通り。私は、そっと頭骨だけ持ち帰ってきました。

 以降、昼寝のカモシカは、我が家の貴重な頭骨標本となっています。使用時は、もちろん経緯の説明付きです。

合掌。

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いそやまたかゆき

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