「ムラサキとミドリ」

今年の冬は、暖冬予想を大きく裏切り、厳寒、豪雪になりそうだ。昼間でも、

気温がマイナスのままの真冬日が続き、積雪も1メートル近くに達し、

本当に冬らしい冬である。

 天候の合間をぬって山にはいった。輪カンジキをつけても、登りで

膝近くまでもぐり、足で雪をけちらしながらラッセルを繰り返し、

頂上に着く頃には、全身から湯気がたちのぼる。

 久しぶりの陽光が、雪面に反射してきらきら輝いて美しく、色のない

風景にアクセントを添える。ふと、気配を感じて、耳を澄した。

「サク、サク」、「キュッ、ギュッ」と、雪を踏みしめる音が遠くから

聞こえてきた。様子から二頭のカモシカが歩いてくるようだ。

雪面に三脚を構えてカメラをセットして待った。やがて、子供を

先頭にいつもの親子カモシカが現れた。こどもは、こっちの存在を察知し、

何度も母親を振り返るが、彼女は歩む速度をゆるめない。仕方なく、

こどもは押されるように歩み続け、とうとう、私との距離が

10メートルまでになった。さすがに気おくれしたのか、その場に立ち止まり、

振り返って何度も親の顔を見た。親も行く手を阻まれるように静止し、

そのまましばらく動かなくなった。親はムラサキ、こどもは昨春生まれで名はミドリ。

 冬のひととき、穏やかな陽光に包まれて「ムラサキ」「ミドリ」、

そして「私」の三者がじっとしたまま動かない。空から見たらさぞかし

滑稽な風景だろうが、親のムラサキとは13年の付き合いだ。気心は

知れているつもり。どれくらいの時間が経ったろうか、光りに輝きがまし、

森の中がいっそう華やぎ、私はつられるようにシャッターを切った。そして、

そっとよそ見をしてやったら、まず、ミドリがさっと目の前を通過し、

その様子をみてからムラサキがゆっくり歩き始めた。

 ムラサキがミドリの力量を試したのか、単純に進退窮まったのか分からない

出会いだったが、いずれにしても、親子の見事な「あ・うん」の呼吸を見た思いがした。

 

 文 いそやまたかゆき

 

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