「白いため息」

 久しぶりに雪雲がきれ、風もおさまったので山に入った。新雪に動物たちに足跡が残っている。

直線的に点々と続くキツネ、よたよたとふらついているのはタヌキ、元気なウサギはちょんちょんぱっ、

といった具合。カモシカは下駄の二の字を縦に並べたような格好、そしてくねくねと大きく蛇行し、

幾筋も交差しているのがサルたちだ。大きさは人間のこどもの手のひらほどで、五本指がくっきり残るのが特徴。

 1時間ほど足跡を辿ると、ぽつりぽつり姿が見えはじめた。群れに追いつくと、昨年の春、

はじめて母親になった若いメスが近くにいた。当初、彼女の子育ては大変だった。移動の際、

アカンボをうまくお腹に抱え込めず、体を半分引きずりながら歩いた。泣こうがわめこうが、

どうすることもできず、当惑するだけ。不慣れで仕方がないとはいえ、一抹の不安が残った。

そんな矢先、アカンボの姿がぷっつり見えなくなった。観察のたびに姿を探したが、見つからないまま年が変わった。

 久しぶりに出会った彼女は元気そうで、一生懸命に冬芽を噛っていた。しかし、アカンボの姿はどこにもない。

その時、近くの茂みから声が聞こえた。アカンボの甘えの声だ。彼女は食べる手を止めて視線を向けた

。身動きせず、じっと見据えている。ガサッと音がして、枝が揺れ、雪が落ちた。一瞬、まさか…、

と私は息をのんだ。が、姿を見せたのは、アカンボを抱えた親子のサル。こどもは乳首に

むしゃぶりついて甘えている。親子は私たちの前をゆっくり通りすぎて、また、茂みに姿を消した。

 彼女は、一部始終をずっと目で追っていたが、まもなく、ふっと小さな息を吐いた。瞬間、私は、

言いようのない気持ちにおそわれ、すべての想いを指先にこめて、ゆっくりシャッターをきった。

森に響いた金属音が、今までにない冷たさに感じられた。

気がつくと、また雪が舞いはじめ、彼女は何事もなかったように枝をかじっていた。

いそやまたかゆき

2001/01/01

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