ニホンカモシカ

ハチノジ物語・5

1979年、文化庁、環境庁、林野庁による3庁合意文書がつくられた。ニホンカモシカすべてを対象と

した種としての特別天然記念物指定を解除し、限定した保護地域を設け、その中のカモシカを天然記念物指定

に変更する、というもの。保護地域は全国で15ヵ所。下北半島のカモシカ保護地域は1981年に線引き設定

が終了。運用されると、保護地域の外に生息するカモシカはただのニホンカモシカになり、被害が出れば、

市町村の権限で駆除できることになる。

 今春、国会で「野生鳥獣保護法に関する法律」の改正案が可決した。要旨は、食害をもたらす野生鳥獣は

間引きによる個体数調整をして被害防除を図ろうというものだが、野生の生態系は、数あわせだけではバランス

がくずれる。地方分権化がすすむなか、自然保護行政は大きな転換期を迎えている。

 3年前、わが家の周りの畑にも電気柵が設置された。目的はサルの被害対策。すみ分けによる野生動物との

共生策として登場し、カモシカにも効果が高く、現在のところは成果が続いている。

 脇野沢村のカモシカとの共生は、1974年、畑地と山林のあいだに防護柵が設置されて以来25年の歴史

をもつ。もちろん当時は電気柵ではなく、カモシカが飛び越えられない程度の金網を、畑の周辺に張り巡らした

ものであるが、間引きをしないカモシカとの共生として、全国から注目を浴びた。ハチノジの12年間を振り

返ると、その頃から培われた「共に暮らす」という信念、「わずかなら、よかベ」という、脇野沢村の人々がもつ

弱者を思いやる心情がうかびあがってくる。



 近年、野生動物が私たちの身近に姿を現わすことが多くなった。いろいろな話を耳にし、軋轢も起きている。

 よく、数が増えたからと言われるが、私はそれ以前の問題だと考えている。野生動物を見ると餌を与える、

キャンプをすれば残飯を放置、自然は大切だといいながら車を奥山まで乗り入れる、日常生活のなかでも、生ごみの

処理などで結果的に餌づけにしてしまう…。いずれも、野生動物にとってはいい迷惑だろう。かれらにはかれらの

ルールがある。大切なのは、お互いのルールを守って、干渉し過ぎないことだ。極端な話だが、目の前で死にゆく

野生動物をみても放置する勇気を持つこと。何よりも忘れてはならないことは、かれらの生活する場所を私たちが

保障する。決して、私たちに都合のいい「自然」をつくり出してはならないことである。

 1999年4月、わが家の横に、大きな携帯電話のアンテナ鉄塔が建った。新時代の象徴であるディジタル電波が

飛び交うその下を、古代氷河期の生き残りともいわれるニホンカモシカ、ハチノジが歩いた姿は、いまでも、脳裏に焼き付いている。

 ハチノジは、最後に何を見ていたのだろう。

 

終わり

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いそやまたかゆき

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