「サルのすむ村」4 脇野沢の三十五年

 

「すみ分け」

 1993年の畑作物被害は689万円、例年の倍近くに達した。

追い上げによる猿害防止に努めてきた村も、万策尽き、30余匹の

一群の捕獲を申請した。サルの行動範囲が拡大したこともあるが、

この年は山の実りが悪く、その分、作物の被害が増えた結果でもある。

 村人も手をこまねいていたわけではない。畑の周りに柵を巡らし、

自衛策をとってきた。村が以前設置したカモシカ防護柵に網を絡ま

せたもの、何枚も板を打ち付け漁網と組み合わせたもの、古い

ジュウタンとゴザをつなぎ合わせたもの。それぞれ智恵を絞った

苦心の柵が並んだ。人間の出入り口さえも分からないものがほとんどだ。

しかし、「効果は?」と聞くと、「それでも、サルは侵入する」。

「カモシカ相手ならいいが、サルにはわずかでもすき間があればダメだ」

という言葉が返ってきた。村は典型的な中山間地域で、山と畑が隣接する。

最近、耕作者の高齢化が進んで放棄される畑が増え、そこにスギが

植林される例が多くなった。スギは成長が早いので、土地の有効活用

でもあるが、立木が密集する。逃げ込まれると姿が見えなくなり、

追い上げの効果が半減する。くず野菜を畑の周辺に投げ捨て、結果的に

サルたちのえさ場になっている例も目立つ。

ただ捨てるのはもったいないので、サルかカモシカでも食べるだろう、

という村人の心情が災いしている。

くず野菜でもサルたちは魅力的な食べ物だ。追い上げの一方で、

こうしたことが続く限り、畑からの切り離しは難しい。

 村は94年4月、国の指導などを受け、侵入防止のための電気柵を

試験的に設置。効果ありとみて、半年後の10月に捕獲申請を正式に取り下げた。

 電気柵を使った「すみ分け」による共生が本格的に始まることになる。

つづく

いそやまたかゆき

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