「サルのすむ村」3 脇野沢の三十五年

 

「追い上げ」

1982年の捕獲以降は,「追い上げ」が続いた。山へ追い返すことで猿害を抑え、

国の天然記念物「世界最北限のサル」たちと「共生」しようという狙いだ。

二名の村人が村から監視員として委託された。彼らは、畑に出没するサルを徹底して

追い払うことが仕事。憎まれ役になるわけだ。

 追い上げの方法は、30bほど飛ぶロケット式の花火とパチンコを使って脅かして、

ここは危険な場所だということを学習させる。村を訪れた観光客は

「かわいそう、虐待ではないか」と驚くが、これまでのいきさつを話し、

理由を説明すると納得してくれる。

 ある時、私も群れに入り込んで「追い上げ」される立場になってみた。

私に構わず追い上げるように事前に頼んではあったが、本気でやられた。

サルたちと一緒にスギ林に逃げ込んだが、花火、パチンコが容赦なく打ち込まれる。

花火は至近距離でさく裂、パチンコ玉も樹木に当たって跳ね返る。

それらの音が林内に反響して迫力満点。観察どころではない。

 サルたちは声も出さず、木を盾にして身を隠し、じっと耐えている。

母親の胸に抱かれた子どもは目をキョロキョロさせている。何が起きているのか分からないと思う。

体格のいいサルたちは、木々の陰から時々顔を出し監視員の動きを追う。

我慢比べだ。私もひたすらサルになった。

 1日が終わり、監視員に様子を話すと、彼は申しわけなさそうに言った。

「オレたち仕事だけど、サルが憎くてやっている訳でネエ。

でも、こうしないとサルのためにもなんねえべ…」。

最後に「だけども、サルも大変だベヤ」とつけ加えた。

 彼の話はサル体験をした私には説得力があったが、肝心のサルたちにどれほどの

効き目があったのかは分からない。

20年の時間を元に戻し、いったん、人里に慣れ親しんだサルたちを自然の中に

帰すことがどんなに困難か、改めて実感した日だった。

いそやまたかゆき

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