「観察小屋」

 

 早いもので、このコーナーも1年が経過しました。

これまで、季節感のあるエピソードを書いてきましたが、1周年を

迎えるにあたり、「世界で最も北にすむサル」の歴史を紹介しましょう。

 観光用の地図、ガイドブックを開きますと、下北半島の脇野沢村

の貝崎というところに「世界最北限のサル生息地」などと記されて

います。特に最近、我が家を訪れる旅人のなかに、サルの話しをす

ると、「エ!、ここにサルが住んでいるのですか?」という答えが

返ってきます。未知の見聞を広める為の旅ですからもっともな事で改めて

驚く話しではないのですが、こちらはサル、カモシカとどっ

ぷりな生活をしていますので、少々、戸惑いがあります。

そもそも、何でこんなに我がユースホステルが動物達と関係が深い

のか、というところから話しをしなければなりません。

 初代である義父母が今のYHを建てたのが1960年で、実はその

年から脇野沢村のサルに餌付けが試みられ、64年に完成しました。

以後、人とサルとの良好なふれ合いが続き、野猿公苑の意味が充実

したものになりました。70年には「世界で最も北に生息するサル」

ということで国の天然記念物にも指定され、ますます、両者の関係

が熟成しました。ちょうど、それらの時代とYHの黄金期がマッチ

して、我が家は、とくに野生動物の観察拠点としての色合いが強く

なりました。その背景には、自然豊かな脇野沢村というものが不可

欠であったの言うまでもありませんが、村人がくれた旅人への暖か

い心のふれ合いが、我がユースホステルを38年間支えてくれた何

よりの賜物だと思っています。

 先日、久しぶりで当時の「サル観察小屋」に行ってきました。

雨が降り、うっそうとした森の中に、30年余の歴史が残っていま

した。屋根には、背後のブナが倒れていましたが、建物は、毅然

として立っていました。

現在は、餌付けの延長上に発生した「猿害」のため、畑には電気柵

が張られています。82年に「猿害防止策」として当時の半数が捕獲

され、餌付けは停止されました。いまでも畑を伺いながらサルたち

は生活をしていますが、パチンコや玩具のピストルで「追い上げられる」日々です。

「人と動物との共生」の為の方策とはいえ、見た目には、あまり具

合の良いものではありませんが、その背景には、さまざまな歴史があるのです。

蛇足ながら、「世界最北限にすむサル」は脇野沢村だけではなく、

下北半島で生息するすべてのニホンザルが天然記念物です。

 

                     

 いそやまたかゆき

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