「アカンボの誕生」
 全国的に春の訪れが早く、2〜3週間のずれを持ったまま季節が

移り変わった。私たちは、時計とカレンダーにあわせて生活をして

いるので、どこか、気分が乗らないままである。

 ことし、山の芽吹きも早かったので、春の出産も早めかな?、

と考えていたら、そんなことはなく、いつも通りであった。

考えてみたら、体内時計は不変であり、思わず、愚かな事を考えた自分に苦笑した。

さて、連休明けから観察にはいり、いつものように、アカンボの誕生の確認をした。

写真は「アザミ」と名付けた母親と今春生まれたメスのアカンボで

あるが、彼女にとって4頭目のこどもである。

93、95年にオス、96年にメスのコドモを出産しており、これで、

ようやくファミリーらしくなった。彼女には「ヤマツツジ」という

母親がいたが、昨秋に死亡しており、今年で10才を迎える

「アザミ」には、自立が余儀なくされていた。

ニホンザルは、オスはオトナになると群れを離れてしまう母系社会

。つまり、オスはいくら出産しても、母親の支えになることはほと

んどない。93年に生まれたコドモはすでに群れから姿を消し、95

年のコドモも群れのあっちこっちと動きまわり、まったく母親は眼

中にない様子。そこへゆくと、一昨年生まれの「アサツキ」と名付

けたメスは、時に母親に毛づくろいをし、じつに甲斐甲斐しい限り

である。まだ2才で、人間に例えると5〜6才である。

別の言い方をすると、今年「いもうと」が生まれ、兄ちゃんたちは

当てにならないから、お姉ちゃんの「おまえ」がしっかりしないと

いけないよ、と周りから言われ、一生懸命に母親の補助をしている…、のである。

「森の中で」の光景は、私たちがなくしかけている「もの」を思い

出させてくれ、「みんなで生活する」という事の意味を再考させてくれる気がする。

 さっそく「アサツキ」の妹にも、いい名前を考えてやらなければならない。

 

いそやま・たかゆき

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TAKAYUKI.ISOYAMA 1998