「ムラサキとマナブ」

      今年の春は、一気に駆け抜けてしまい、あっけなく終わった。

      いつもは、雪が解け始める3月頃に何度か寒波のぶり返しがあり、

      根雪が消えそうになると雪が降って、ほんとうに春が待ち遠しいものだった。

    それが今年は、潮が引くように冬が去り、暖気の入りも早く、桜に限らず山の

    開花が早かったコブシが咲いて次に桜、というような順序も狂い、あっちこっち

    我先に花をつけ、春先の風情もあったものではなかった。

     さて、我が家から歩いて15分の所に「牛の首」と呼ばれる場所がある。

    不思議な名称だが、このあたりの地名は漁師がつけることが多く、船から見ると

    牛が座っているような格好をしているところから、この名が付いたと聞いている。

    標高は80メートル、広さが30ヘクタール程の落葉広葉樹の山林で、最近歩道が

    整備され、ちょっとした「散策コース」になっている。旅人にもここは好評で、

    旅の思い出を彩どる手伝いの役割を担っている。

     3年前からこの地域のニホンカモシカの顔を識別し、名前を付けて観察している。

    現在、オス2頭、メス2頭が生活しており、写真は、昨年生まれたオスのこども

    「マナブ」(右)と母親の「ムラサキ」である。カモシカもサルと同様、春に出産

    するので「マナブ」はちょうど1才の誕生日(?)を迎えることになる。

    本来、カモシカは退屈な動物であるが、これくらいのこどもがいると、母親から

    離れてあちこち歩き回ったり、思い出したようにまとわりついて、母親の角で押し

    やられたりして、結構、楽しませてくれる事が多い。こどもの世界は、どこでも

    似たり寄ったりなのかも知れない。

     この日、母と子は、私を無視するように、ヨモギ、アザミ、クローバーなどを

    懸命に口に運んでいた。「マナブ」はあと1〜2年でこの場所から旅立ち、別の

    地域にナワバリを構えて、一人前のカモシカになる。いい生活場所を見つければ

    いいのだけれど…。

    他に「ゲンジ」(♂)、「クロ」(♀)というオトナのカモシカがいるが、

    また、別の機会に紹介しよう。

     

いそやま・たかゆき

 もどる


TAKAYUKI.ISOYAMA 1998