北限に生きる・「ツツジ物語」2

 


  

北限に生きる・「ツツジ物語」@

「ツツジの恋」

 今年は世界的な天候不順のおかげで秋色の楽しみを半減させられ

てしまった。それでも、山を丹念に歩くと、あちこちにささやかな

色付きがあった。山のサルたちは、そんな事はお構いなしに、恋さ

や当てに余念がない。今年で28才の「ツツジ」も例にもれず、黄

葉とは裏腹に顔を珠赤に染めて忙しいそうだ。

 彼女は、群れのナンバーワンのメスで、子供、孫、ひ孫を多くも

つ中心的存在である。昨秋も交尾はあったが、結局、今年の出産は

なく、これで5年間、子供を産んでいない。年齢的にそろそろ終わ

りかなと思えるが、まだ分からない。

 ニホンザルは血縁をもとにした母系社会で構築されている。出産

しないツツジの行動を見ていて、ふと考えた。オスは、生まれた群

れを離れて別の群れに入る習性があり、秋の交尾期がそのタイミン

グになる事が多い。現在約60頭いるツツジの群れには、この5年

間で新しいオスが3頭加入、すべてがツツジとつがいの関係を持っ

ている。群れに近づいたオスは、重要なメスに目をつける。そして

、ひたすらチャンスを待ち続ける。群れには見張りのオスがいて、

ツツジには、ナンバーワンオス「シャチ」がピッタリマークがして

いる。ところが、群れのトラブルに振り回されるオスの目を盗んで

、メスが群れを抜け出したときに、チャンスが訪れる。

 まだシャチも君臨しているが、ツツジはちゃっかり、群れに新風

を吹き込んでいたのだ。やはり、メスは偉い。

つづく

 

---------------------------------------------------

北限に生きる・「ツツジ物語」A

「ヤマツツジの死」

 昨秋、「ツツジ」の長女「ヤマツツジ」が死亡した。よく、「ニ

ホンザルは死に様を見せないのですか」と聞かれるが、「たぶん野

垂れ死にだろう」と答えている。彼女には、3頭のこどもと4頭の

孫もいたが、自分だけが忽然といなくなったのだ。こういう場合は

、何かの理由で死亡したとし、結論にいたる。

 ヤマツツジは当初、ツツジの「毛づくろい」パートナーとして密

接な母子関係を保っていた。しかし、ツツジの二女「アジサイ」が

1991年、初めての子供を産むと、その母子関係に変化が生じた

。決定的とも言える出来事が思い出される。

 畑のわきにはよく、クズ野菜が投棄されている。山の物を採食す

る時は違って、限られた餌場では、食べる順番、場所で序列が決まる。

 その日は、ツツジが真ん中に陣取り、両わきにヤマツツジ、アジ

サイの姉妹が並ぶように座って採食を始めた。ところが、突然アジ

サイがヤマツツジに咬みついた。ヤマツツジは反撃するそぶりもみ

せず悲鳴を上げているが、アジサイは容赦ない。

間もなくツツジが裁断を下した。何と「アジサイ」に加担し、一緒

に攻撃したのである。これには、見ていた私も「そんなばかな!」

と憤慨したが、アッという間に決着。

 その日を境に、ヤマツツジはアジサイと役割が入れ替わり、分家

という感じになった。しかし、その後もツツジがトラブルに巻き込

まれると、加担すべく背後にヤマツツジの姿があったのも、今は少し哀愁を誘う。

 今春「ヤマツツジ」の長女「アザミ」が4頭目のアカンボを生み

、分家も大きくなりつつある。

つづく

 

---------------------------------------------------

北限に生きる・「ツツジ物語」B

「スズランの子育て」

 97年の春、「ツツジ」の孫「スズラン」が初めての子供を産ん

だ。ツツジの二女「アジサイ」の長女でもある。

 スズランは、子供の時に母親よりも祖母のツツジに面倒をみて貰

う事が多く、いわゆる「おばあちゃん子」で育った。

 ところが、ツツジはスズラン親子に無関心であった。むしろ、子

供を抱えたスズランが近づくと、それとなく離れて、一定の距離を

保つのである。ツツジは、やはりこの年に子供を産んだアジサイと

ばかり毛づくろいをするばかりで、見向きもしない。結局、スズラ

ンはツツジの背中だけを見る日が続き、孤軍奮闘であった。

 それでも、いろいろ戸惑ながらも初めての子育ては夏を越え、子

供も一人歩きが出来るまでになった。しかし、秋にはいってから子

供の姿は消え、スズランの冬越しは淋しいものになった。最近は暖

冬傾向も手伝い、ここ数年間のアカンボの冬越し率は8割を超えて

いたのだが、その少ない方にはいってしまった。

 98年春、スズランはオスの子供を産んだ。ツツジ、アジサイと

の関係は変わらないが、同じ年頃の母親ザルと毛づくろいをしたり

、子供を適当に離して遊ばせたり、昨年と違って余裕が感じられた。

 先日、スズランがひとりで落ち葉をかき分けてドングリを探して

いた。まわりには子供の姿がなかったので一瞬「またか?」との思

いが脳裏をよぎった。が、しばらくして、採食を終えた彼女が移動

を始めたと同時に、樹上から1匹のオスの子供が下りてきて、元気

に小走りでその後を追っていた。

 ひょっとすると、ツツジの行動は、彼女流の子育てを暗にスズラ

ンに教えていたのかも知れないが、そこは、伺い知る事はできない。

 一番の試練の冬はもうそこまできているが、春の楽しみが、ひとつふえた。

つづく

 

---------------------------------------------------

北限に生きる・「ツツジ物語」B

「母親になったモミジ」

 93年春、「ツツジ」はメスの子供を出産した。生まれた時は、

紅葉(もみじ)のような手をしていたので名前は「モミジ」。

 ニホンザルは5才で初めての子供を産む。私たちにすると15才

と言うところで、以後、約20年間出産を続ける。ただ、毎年産む

わけでなく、二年に一度がふつうである。もっとも、動物園などの

場合は餌の栄養価の影響もあって毎年産むメスが多い。

 モミジはツツジの四女で、現在のところ最後の子供にあたる。小

さい頃はずいぶん丁重な子育てをされ、溺愛に近いものがあった。

その愛娘が子供を持ったのだから、ツツジはさぞかし…、と思って

いたら、これがそうではない。ツツジは妙によそよそしく、モミジ

が子供を抱えて近づいても、背中を向けて知らんふりである。むし

ろ逃げるように離れてしまう。モミジは何度も挑戦するが、結果は

同じで、溺愛時代がウソのようであった。

ところが、夏が過ぎ、モミジの子供が親から離れる事が多くなると

関係が復活し、また親密な「毛づくろい」が再開された。そして、

遊びに飽きたモミジの子供がその間に割る込み、よく見られる三者

の毛づくろいも頻繁に行われるようになった。

 この様子は、「目に入れても痛くない」という私たちの尺度では

、推し量り切れない。群れの立派なオスでも小さな子供が近づくと

さっさと逃げる。これは、自分の近くで子供に悲鳴でも上げられた

ら母メスに対して言い訳ができず、自分の立場が不利になるという

考えで割り切れる。しかし、メスの場合はそんな意味があるとは思

えないし、ましてや溺愛娘である。結局、分からない。疑問がのこ

ったまま秋を迎え、かれらは、色付きの悪い山の実りを満喫し、冬

に備えている。 モミジの小さかった手はずいぶん大きくなった。

つづく

 

 

 

---------------------------------------------------

北限に生きる・「ツツジ物語」D

「ツツジとシャチ」

 少し「ツツジ」のまわりのオスの話しをしよう。

 まず「シャチ」という昔で言うボス的存在のオスがいる。かれこ

れ10年群れにいて彼女とも馴染みが深い。数年前に加入した「カ

ナガシラ」「ゴンズイ」昨年新たに2頭が加入して、現在、あわせ

て主なオスは5頭である。

 その中で群れのメスが頼りにしているのは名前のある3頭である。

問題はその力関係である。数年前まではシャチが群れメスの全信望

を集めていた。ところがカナガシラ、ゴンズイが加入するとバラン

スがくずれ、シャチへの信望が分散した。私はこの時、シャチが群

れを出て、オスの入れ替わりがあると予測した。母系社会のサルの

群れでは珍しい事ではなく、メスが決定権をもつ場合が多い。

 ある日、ちょっとした事件があった。メス同士の小競り合いが起

きた。ケンカはとにかく悲鳴を上げ、自分の方に強いサルを後ろ盾

をつけようと躍起となる。一声で駆けつけたのはゴンズイである。

少し遅れてカナガシラ。シャチは顔を出さず、ますます交代時期が

近い事を予感させた。いつもはこれで決着がつき、新入りオスは点

数を稼ぐが、この日は違った。騒ぎは鎮まるどころかますます大き

くなり、とうとうツツジが姿を見せ、自分の娘に肩入れしてようや

く治まった。ところがその直後である。どこからともなくシャチが

現れ、尾を立てて全員の前を悠然と通り過ぎた。

 見事な登場であった。オスが尾を立てて歩く行動は最高の実力誇

示で、シャチはツツジの前でそれを効率よく利用したのである。ま

さに「漁夫の利」だが、ゴンズイとカナガシラが稼いだ点数を一気

に手中にした。私はあっけにとられ、思わず叫んだ。「お前は賢い!」と。

シャチは健在で、現在、オスたちとは連立政権を組んでいる。

 群れを率いるツツジとシャチは、21世紀を、どう迎えるのであろうか。

終わり

いそやま たかゆき


もどる